落首の間



ここでは、江戸時代にはやった、世間を皮肉る詠「落首らくしゅ」を紹介していきます。
では・・・


田や沼や 汚れた御世を 改めて 清くすすめる 白河の水

これは、田沼意次が失脚して、新たに白河藩主の松平定信が老中になった頃のもので、白河藩主である松平定信を「白河の水」になぞらえていて、彼の政治への期待感を詠っています。



白河の 流れに魚も 住みかねて 元の濁りの 田沼恋しき

これは、うえの松平定信の政治に嫌気がさしてきて、昔の田沼意次の時代のほうがよかった、と田沼時代の自由なころを懐かしむ気持ちを詠っています。



大塩が あまたの本を 売り払い これぞ真の むほんなりけり

これは、大塩平八郎の乱のとき、大塩が自分の持っている本を売り払って、その金を庶民に配ったという事から詠まれました。本の無い「無本」と、乱を起こす「謀反」をかけているわけです。



年号は 安く永しと代われども 諸色高値 いまに明和九

これは、明和9年に、元号が「安永」にかわったが、いまだ物価は高く、まだまだ迷惑年(明和9年)だという意味です。



天か下 二つの宝は尽き果てぬ 佐渡の金山 水戸の黄門   新着

元禄13年に、徳川光圀(水戸黄門)が亡くなった際、それを惜しんだ江戸の市民が、当時採掘量が減っていた佐渡金山と彼の死をかけて詠んだ歌です。



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